FC2ブログ
2012.02.27 発表終了
今日、発表とシンポジウムが終了しました。

ちょっと、口をすべらしすぎたかなぁ、、、と若干反省。
でもまぁ年齢的に(笑)そろそろ言わないと、かもしれませんね。

これでとりあえず借金ゼロ!

というのは、依頼を2つ保留しているから、というのは秘密(笑)。
スポンサーサイト



いろいろと諸事情がありまして、http://int-arc.netは閉鎖となりました。

その代わり、http://int-arch.netができました(笑)。
今は無理でも、春過ぎには違うサイトにしたいなぁと思う今日この頃。
といいつつ、自分の考えをネットにまとめるほど時間はありませんので、いつもの放言になりそうですが、、、。

ようやく2つとも脱稿し、再来週には発表します。
依頼が2つほどありますが、どちらも保留にしてる状態(笑)。
さて、どうしましょ。
2011.04.28 発表
論文に書く内容を、5月に発表することになりました。

もう2週間くらいしかないw

とりあえず、

1 はじめに
2 目的と成果
3 特性
4 選択
5 思考

の途中まで書けたw

「思考」の項目では、

分類視点の恣意性と複数性
ブラックボックスの容認
【形】への拘り
分類行為
差異の観察と関係性の認識(←いまここ)
編年→分析の功罪

てな感じかなぁ。
1999年に書いたことをもう一度考え直し、改訂、追加して
います。
2011.04.04 文章書いてる
というわけで、最近は夜な夜な文章をちょこちょこ書いています。

内容は、「考古学について」w


周辺の型式論を議論している論文をぱらぱら見てるんですが、
なぜみんな、分類に根拠を決めようとするのでしょうか。

分類に根拠が無いから、分類は主観的で真実などない、
考古学には確実なものなどない、とする論調多いですね。

見てると金太郎飴みたいで飽きてきたw

そのトートロジーの中で、いかにバランスを取るか、
いかに比較的大丈夫な仮設の足場を作るか、という議論が
必要かと思います。

それを明確に道筋をつけるために文章書いてるんですが、、、
いろんな話したいことがそれぞれの根拠になっていて、
順番に書くのが難しいw
内容がトートロジーなら、確かに文章もトートロジーになるな。。。

2011.04.03 近況
さて、無事報告書も完成し、発送完了。県内には翌日に届いたようですので一安心。

まずは書庫がおおむね整理完了。段ボール箱に積んでいたものが、9割本棚入ったかな?









ちなみに写真に写ってる椅子は、中古で購入したリープチェアHD。疲れないです♪


今回送られてきた考古学研究。「人間関係の相違」を類型化されてますね。。。
本文中にズバッとそう書かれているわけではなく論理的な論文だと思いますが。

飲み屋でよく「政治は人間関係だから」と私も言ってしまうんですが、学術論文中に
そう書かれると、ちょっとひるみました(笑)でも確かにそういう世界なんでしょうね。。。
考古学でどこまで分かるのか、分からないのかを追求する必要がありますね。


さて最近はとある文章を書いている件で、福田敏一さんの論文をちょこちょこ見ています。
そこで分類ということについて考えたのは、「接触」が大事な言葉にならないかなぁと
いうこと。
私達がモノを分ける/分けないの最初の規準は、それが接触した物体か、そうでないか、
ということなのではないか、ということです。それはつまり「一つ」と数えるか数えないか
の違いでもあるわけですが、「数え」と「分類」、一つと認識することは表裏一体な
気がします。

例えばそれがくっついているが故に、遺構の分類は難しいし(柱穴と竪穴建物との関係)、
「土器1点」の分類は間違いない分類でも、土器表面のいわゆる「属性」分類は細かくすれば
するほどあいまいになっていきます。

こういう論文書いている人、誰かいますかw
教えてくださいw